立ち上がる。

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世田谷パブリックシアター
開場20周年記念公演
狂言『唐人相撲』/『MANSAIボレロ』
を昨日観てきました。
萬斎さんが芸術監督に就任してからは15年。
これまためでたい。
ということで、
めでたさ満載の公演でした。
お祭り的なお祝いと、
神聖な祝賀儀式というような。



『唐人相撲』は、
景色はカラフル、音は中華街のお祭りみたいで、
本当にウキウキワクワクする狂言。
『茸』『小傘』『業平餅』なども
狂言にしては大人数で演じられるけど、
『唐人相撲』はずば抜けて多いから、
それだけでかなりお祭りの雰囲気が出るし、
今回は公募で選ばれた区民の方たちも
参加ということで、
地元のお祭り感も感じられましたね。
客席では「あ、△△さんだ」なんて声が聞こえたり。
本当に理屈抜きで楽しめる狂言でした。

が、実は昨日の上演条件だと、
《狂言》の『唐人相撲』の良さが
少し減る気がしたのも事実。
この狂言では、
狂言師が普段は見せないアクロバティックな動きで
観客を大いに沸かせたりするのですが、
その「普段は見せない」というところがポイントで、
「え、この人、こんなすごいことできるんだ!」
ということで余計観客はテンションが上がり、
拍手喝采となったりします。
が、狂言師ではない、
他ジャンルの方や一般の方が出ているとなると、
そういう意味の意外感はなく。
(そういうことができる人が出てるんでしょ、
と個人的に思ってしまったので)
あと、能楽堂で演じると、
柱をよじ登ったりという動きができて、
これまた、普通の狂言では
こんな「行儀の悪い」ことはしない
というところで、余計面白いのだけど、
演劇等の舞台でやると、
能楽堂での空間の使い方と違ってくるので、
自由であるが故に難しいところもあるというか。
まあ、これは
能楽堂で演じる『唐人相撲』と比べたら、
の話であって、
今回の公演はこれでよいのだと思います。
特にわたしは、
茂山千五郎家と野村万作家が
一緒にやった『唐相撲』と
茂山家だけの『唐相撲』を観たことがあり、
あの卑怯なほどの(笑)面白さと比べてしまうのですね。



『MANSAIボレロ』は、
2011年に初めて観た時は
萬斎さんのこの世のものとは思われない
神聖な美しさの印象が強かったのですが、
今回は美しさはもちろん感じたけど、
それよりも力強さが迫ってきて。
一曲の中に、
人間の一生や自然の春夏秋冬、
穀物の生長~収穫までの流れを
感じたのでした。
特に「苦難が起こり、そこからの復活、再生」
という印象を強く受け。
人間の一生で言えば、
若い頃の様々な挫折を乗り越え、
仕事などで自分なりの達成を成し、
自信に溢れていく感じとか、
穀物で言えば、
梅雨や台風などの自然の驚異を乗り越え、
秋にたわわな実をつけるという。
そういう「困難を乗り越え、また立ち上がる」力強さを
萬斎さんの肉体と、
その肉体から放出される気から
感じました。
そうしたら公演後のポストトークで
「東日本大震災を受けて創った」
と萬斎さんがおっしゃって、
わたしが感じたイメージは
あながち間違っていないのかも、
と思いました。
しかし、こういう
「神がかった」萬斎さんを観るたびに、
同時代に生きている幸運を感じます。



そう、そのポストトーク。
白井晃さんがゲストで、
俳優・演出家としてのお話だけではなく、
芸術監督としての貴重なお話も聞けて、
非常に興味深かったです。
萬斎さんのお話も含め、
芸術に生きる人への尊敬・憧れに加え、
自分も何かしなくては!
と触発された感じになり。
わたしは芸術家ではないけれど、
上にも書いた
自分なりの「達成」を
何かで成し遂げなくては、と思ったのでした。
いやあ、素晴らしい芸術・芸術家に
触れることは本当に素晴らしい。



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